何の変哲もない退屈な生活

いつでも平凡な生活を望むのは誰しも同じでしょう。
時としてそれが何の変哲もない退屈な生活に映っても、良しと考えてしまうものです。
若くてまだ家族を持つ以前の時期はままあります。
それは無目的か無責任でしょうか。
独身時代の気軽さがそうさせるのでしょう。
家族を持ち責任が一段と増す世代にあっても平々凡々と表現してしまうことがあります。
そのことイコール何の変哲もない退屈な生活と言えなくもありません。
私たちはついついその生活を望みます。
落ち着いた生活、家族が寄り添う生活です。
その典型がマイホーム志向でしょう。
家族がいつでも集まれるスペースのリビングルーム、お客様を落ち着いた雰囲気の中でもてなし、仏壇を構える和室、料理をし、食事を楽しむダイニングルーム、一日の疲れを癒し、洗濯をこなす脱衣室とお風呂のある浴室などがマイホーム志向を煽るのです。
こうして居宅が構えられると次に欲しくなり、大事になって来るのが、平日の規則正しい生活のリズム。
そして週末、休日の豊かな生活です。
こうした家族のいる生活でいつしか何の変哲もない生活を求め、願うようになります。
家内が安全で、無病息災が適した表現であるかもしれません。
何かと変化の連続があり、忙しい日常の中で私たちが求めるのは、何の変哲もないどこかしら退屈でも構わない安穏な生活でしょう。
私たちが願う自然な生活風景がそうである以上、この何の変哲もない退屈な生活はとても大事なことではないでしょうか。
この生活を手に入れようと私たちの人生は回転していくのです。
「退屈」との表現はちょっといただけないかもしれませんが、これは御愛嬌と聞き流していただいて結構です。
「何の変哲もない生活」は時に「退屈」かもしれませんが、かけがえのない人生の願いであることは間違いありません。

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